東京地方裁判所 昭和41年(レ)143号 判決 1968年2月24日
控訴人 小熊米雄
被控訴人 国
代理人 林倫正 外二名
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事 実<省略>
理由
一、(証拠省略)によれば、控訴人は、昭和三三年一〇月二四日日本国有鉄道(以下国鉄という。)札幌駅で、国鉄青森駅から六〇〇キロメートルまで通用する当時の二等普通急行券を購入し、急行料金七〇〇円および通行税一四〇円合計八四〇円を支払つたこと、控訴人は右の急行券により青森駅から急行列車に乗車するはずのところ、青森駅に到着したのが右急行券の通用期間を経過した後であつたため、これによつて急行列車に乗車することができなかつたことが認められ、また、国鉄が控訴人から徴収した通行税一四〇円をそのころ被控訴人に納付したことは、(証拠省略)によつてこれを認めることができる。
二、ところで控訴人は、通行税の課税物件は汽車等の交通機関による人の場所的移動の事実であるとの前提に立ち、本件の場合控訴人は前記急行券を使用して急行列車に乗車していないのであるから、通行税を課せられるいわれはなく、したがつて被控訴人は前記一四〇円を法律上の原因なくして利得し、控訴人は同額の損失を受けたからその返還を求めると主張し、被控訴人はこれを争うので、まず通行税の課税物件はなにかについて考える。
(1) まず、現在に至るまでの通行税法の立法の推移を検討してみると、通行税法は昭和一五年の税制改正に際し、同年法律第四三号として制定されたものであり、制定当初の同法によれば、通行税は汽車、電車、乗合自動車および汽船の乗客に対して課すものとされ(同法一条)、乗車船区間の距離によつて区分された八段階のそれぞれについて、一等から三等までの等級に応じ、一定額をもつて税額が定められていた(同法二条一項)。そのほか、回数乗車船、定期乗車船、団体乗車船の契約をした場合について、右の税額を基準として税額が定められ、また貸切乗車船の契約をした場合についての税額は、一等および二等または三等の等級に応じ貸切運賃に一定比率を乗じたものとされていた(同条二項ないし五項)。または急行車船に乗車船の契約をした場合には、右の通行税のほか急行料金の一〇〇分の一〇にあたる通行税が課せられるものとされていた。そしてわずかに乗車船区間の距離が四〇キロメートル以下の三等乗客および陸海軍の団体で命令で定めるもののみが非課税(もつとも前者は急行料金については課税される)とされたにすぎなかつた(四条、五条)。
翌昭和一六年の改正(同年法律第八八号)では、乗車船区間の距離による区分が改められ(改正後の二条)、回数乗車船、定期乗車船、団体乗車船に関する規定が削除され(ただし、これらが非課税とされたものではない)、急行料金のほか寝台車船に乗車船の契約をした場合の寝台料金もあらたに課税の対象とされ、急行料金とともに一等ないし三等の等級に応じて税率が定められたほか(改正後の三条)、定期乗車船の契約による三等乗客があらたに非課税とされた(改正後の四条)。
ついで昭和一九年法律第七号による改正においては、通行税の税額は原則として乗車船区間のキロ程一キロメートルまたはその端数について等級に応じて定められた一定金額によるものとされた(改正後の二条)ほか、非課税となる三等乗客が、乗車船区間の距離二〇キロメートル以下のものとされ、非課税の範囲がやや縮少された。
つぎに、昭和二三年法律第一〇七号による改正においては、従来乗車船区間の距離と等級に応じて一定額をもつて税額を定めた方式を廃し、等級のいかんを問わず旅客運賃に一定の税率(一〇〇分の五)を乗じて税額を定める方式をとることになつた(改正後の二条)。また急行料金、寝台料金のほかに準急行乗車船に乗車船の契約をした場合の準急行料金もあらたに課税の対象とされ、これらに対する税率は等級のいかんを問わず一〇〇分の二〇とされた(改正後の三条)。そして、従来非課税とされていた乗車船の距離二〇キロメートル以下の三等乗客が非課税の範囲から除外されて、課税されることとされた(改正後の四条)。そのほか、国有鉄道について、課税標準たる旅客運賃を定めるについての暫定的な特則が設けられた(改正後の附則二項ないし四項)。
昭和二五年法律第七六号による改正においては、特別急行料金があらたに課税の対象となり、旅客運賃に対する税率は、特別急行料金、急行料金、準急行料金、寝台料金とともに一〇〇分の二〇とされた(改正後の二条)。そして、三等乗客は寝台料金のほかは全部非課税とされるに至つた(改正後の四条)。また日本国有鉄道の経営する汽車、電車、乗合自動車および汽船の乗客に対する通行税の税額に関する特則も改正された(改正後の附則二項)。
その後昭和二六年法律第四三号による改正においては、航空機の乗客に対しても課税されることとされ(改正後の一条)、これに伴つて本法の施行区域が定められた(改正後の附則二項)。そして、非課税の対象が、従来の汽車、電車、乗合自動車、汽船(汽車等という。以下同じ。)の三等の乗客のほか、汽船の二等乗客にも拡張され(ただしいずれも寝台料金については課税される)、そのほかに本法施行地外から施行地内へ来る乗客および本法施行地内から本法施行地外へ行く乗客についても非課税とされた(しかし、これらについても本法施行地内では取扱いを異にしない。以上改正後の三条)。
昭和二七年法律第五八号による改正では、本法の「寝台料金」には客室の特別の設備の利用についての特別料金で命令をもつて定めるものを含むとされ、課税の対象がやや拡張された(改正後の二条)。そして、昭和三五年法律第九七号「国有鉄道運賃法の一部を改正する法律」により、国鉄の旅客運賃の等級が、従来の三段階から一等および二等の二段階とされたのに伴い、同法附則四項によつて通行税法が一部改正され、等級を一等および二等に分けたものについては汽車等の二等の乗客および汽船の一等の乗客が非課税の対象とされ(ただし、いずれも寝台料金については課税される)、非課税の対象の範囲が拡張された(改正後の三条。なおこの規定は、各種交通機関が三等の等級を廃止したのに伴い、その後昭和三六年法律第二一号によつて整備された)。
ついで、昭和三六年法律第二一号による改正では、従来課税の対象とされていた汽車等の二等の乗客および汽船の一等の乗客の支払う寝台料金のうち、それが一人一回につき一、〇〇〇円をこえない場合にはこれを非課税とするに至り、右の額は昭和四一年法律第七号による改正において一、四〇〇円に増額された。
そして、昭和三七年法律第二七号による改正において、通行税の税率が、従来の一〇〇分の二〇から一〇〇分の一〇に縮減された。
(2) 以上の通行税法の推移についての概観によれば、通行税は、その税額の定め方からみると、昭和二三年法律第一〇七号による改正を境として、従来乗車船区間の距離に応じて一定額をもつてその額が定められていたのに対し、右改正後においては、旅客運賃に一定の税率を乗じてこれを定めることになつたこと(もつとも急行料金等については立法当初から料金に一定の税率を乗じて税額を定める方式がとられていたことは前に見てきたとおりである)、さらにまたその非課税対象の範囲が逐次拡張されることにより、一種の奢侈的支出に対する課税すなわち消費税または支出税としての性格を強めたことが顕著である。
(3) しかして、通行税の右のような性格に、旅客運賃のほかに特別急行料金、急行料金、準急行料金、寝台料金等(以下「料金」という。)旅客運送契約に付随して締結される特別の運送施設の利用に関する契約(以下「付随契約」という。)において施設利用の対価として支払われる金員もまた課税標準とされていること(通行税法二条)および通行税は汽車等または航空機による運輸業者が旅客運賃または料金領収の際旅客運送契約(付随契約を含む)の相手方からこれを徴収すべきこととされていること(同法八条)をあわせて考えると、法は国民が運輸業者と旅客運送契約および(もしくは)付随契約を締結し、運賃または料金の支払いをする事実に担税力を認め、右の事実を課税物件として通行税を課することとしているものであり、ただ等級が低く運賃の比較的低廉な汽車等による旅客運送契約を締結する国民については、担税力がないものとしてこれを課税対象外としているものであると解するのが相当である。
(4) そして国税通則法(昭和三七年法律第六六号)一五条、二条の規定によれば、運輸業者の通行税を徴収して国に納付すべき義務は、運輸業者が運賃または料金を領収した時に成立し、同時に特別の手続を要することなくして税額が確定するものとされており、したがつて運輸業者と旅客運送契約(付随契約を含む。以下同じ。)を締結する者の納税義務とその税額もまた運賃または料金支払いの時に確定すると解するのが相当であり、このこともまた通行税の課税物件が旅客運送契約締結に伴う運賃または料金支払いの事実であるとの前記判断を裏づけるものである。
控訴人は、同人が国鉄と旅客運送契約を締結した昭和三三年一〇月当時は国税通則法の施行前であつて同法は本件に適用されないから、右条項は通行税の課税物件がなにであるかの判断の根拠とはなりえない旨主張する。なるほど同法が本件に適用されないことは同法および附則の規定自体から明らかであるが、そうだからと言つて同法施行の前後で課税物件、納税義務の成立時期、税額の確定時期が異なると解さねばならない理由はない。
(5) 控訴人は、通行税法一条に通行税の納税義務者が「乗客」と規定されていることをとらえて、汽車等による場所的移動の事実が通行税の課税物件であると主張するが、右の規定は、運輸業者との間で旅客運送契約を締結し運賃または料金を支払つた者が、自ら運送契約上の権利を行使して運送による場所的移動を得るのが通常であることから、通行税の納税義務者を「乗客」と規定したにすぎないと解するのが相当であつて、右の規定から直ちに通行税の課税物件が汽車等または航空機による場所的移動の事実であると論結することはできない。
(6) また控訴人は、鉄道営業法および国有鉄道運賃法九条の規定に基いて制定された「旅客及び荷物営業規則(昭和三三年九月二四日国鉄公示第三二五号、以下営業規則という。)」には運賃の払い戻しに関する規定があり、これによれば、国鉄の普通乗車券を購入した者は、(イ)旅行開始前にはその乗車券が入鋏前で、かつ通用期間内に限り手数料(本件当時は乗車券一枚について一〇円)を支払つて運賃の払い戻しを請求することができ(営業規則二七一条)、(ロ)その乗車券を使用して旅行を開始した後自己の事情で旅行を中止したときは、前途の不乗車区間が三〇〇キロメートルをこえ、しかもその乗車券の発売日から二日以内にかぎり、手数料を支払つて既に支払つた旅客運賃から既に乗車した区間の普通旅客運賃を差し引いた残額の払い戻しを請求することができ(営業規則二七四条)、(ハ)また、天災事変等やむを得ない事由または旅客側の責に帰すべからざる事由によつて運行が不能となつたために旅行を中止せざるを得なくなつた場合には、(a)旅行開始前にあつては、その乗車券の通用期間内にかぎり運賃全額の払い戻しを請求することができ(営業規則二八二条)、(b)旅行開始後にあつては、旅客の選択により、手数料の支払いを要しないで既に支払つた旅客運賃から既に乗車した区間の旅客運賃を差し引いた残額の払い戻しを請求するか(営業規則二八二条)、あるいは当該乗車券面に表示された発駅までの無賃送還と旅客運賃全額の払い戻しを請求することができるものとされており(営業規則二八二条、二八四条など)、本件当時においては一等および二等の旅客運賃には通行税を含むものとされていたから(営業規則六六条)、旅客が右のそれぞれの場合に運賃の全部もしくは一部の払い戻しを受けるときには、徴収された通行税の全部もしくは一部(乗車しない区間に対するもの)の返還を受けることになり、このことは通行税の課税物件が被控訴人主張のように旅客運送契約の締結に伴う運賃または料金支払いの事実ではなく、汽車等または航空機による場所的移動の事実であることの証左であると主張する。
なるほど鉄道営業法および営業規則上運賃払い戻ししたがつて通行税の還付に関する取扱いが右のとおりであることは控訴人主張のとおりであり、右のほかにも営業規則上運賃または料金の全部もしくは一部が払い戻される場合があり(たとえば、同規則二七二条、二七三条、二七七条、二七八条、二八〇条、二八七条、二八九条、二九〇条。ただし、いずれも本件当時施行されていた営業規則―当時は「旅客及び荷物運送規則」―による。)、その場合運賃または料金に通行税が含まれているときはその全部もしくは一部が還付されることになることも明らかである。しかし、このことから通行税の課税物件が控訴人主張のように汽車等または航空機による場所的移動の事実であるとはとうてい考えることができない。けだし、旅客運賃が払い戻される前記(イ)および(ロ)の場合は営業規則(その性質は国鉄と旅客との間の普通取引約款であると解される。)により、旅客に乗車券の通用期間内にかぎつて旅客運送契約の全部もしくは一部を解除する権利を与え、その権利が行使されたときには国鉄は原状回復義務の履行として運賃の全部もしくは一部を旅客に返還するものであり(この場合国鉄が手数料を徴するからといつて右の解釈が左右されるものではない。)、また(ハ)の場合も不可抗力または国鉄の責に帰すべき事由による履行不能の場合の解除に関する約定であると解するのが相当である。またさきにあげた運賃また料金の全部もしくは一部が払い戻されるその他の場合も、旅客運送契約の解除によるものであることが、営業規則の規定上明らかである。そしてこれらの場合に、旅客が旅客運送契約の全部もしくは一部を適法に解除し、運賃または料金の全部もしくは一部の払い戻しを受けたときには、通行税の対象となつた運賃または料金にあつては、徴収された通行税の全部もしくは一部が還付されることになることはさきに述べたとおりであるが、これは、解除によつて旅客運送契約の全部もしくは一部が法律上存在しなかつたことになり、旅客が国鉄に支払つた運賃または料金の全部もしくは一部が原状回復として旅客に返還されることによつて、課税物件たる旅客運送契約締結に伴う運賃または料金支払いの事実の全部もしくは一部が法律的に存在しなかつたことになるからであると解するべきであるからである。したがつてこのような取扱いがなされるからと言つて、通行税の課税物件を控訴人主張のように解さねばならないものではない。
そして、旅客の国鉄に対する運送契約上の請求権は、乗車券等の券面に表示された通用期間にかぎり存続し、右通用期間中に右請求権を行使しないかぎり右期間経過とともに旅客運送契約関係が消滅するに至り、その後は運賃または料金の払い戻しを請求することができなくなることは、営業規則の前記各規定からして明らかである。
(7) なお、前記国税通則法一五条、二条と鉄道営業法および国有鉄道運賃法九条に基く前記営業規則との関係について一言すれば、国鉄の通行税納付義務は、旅客運送契約が鉄道営業法および営業規則の規定に基いて適法に解除され、運賃または料金の全部もしくは一部が旅客に払い戻されることを解除条件として、運賃または料金領収の時に成立し、税額も解除条件付きで確定すると解するのを相当とする。
三、以上要するに通行税の課税物件は汽車等または航空機による旅客運送契約の締結に伴う運賃または料金支払いの事実であり、その後に契約が解除されないかぎり、旅客が契約上の権利を行使して現実に運送による場所的移動を得たかどうかは納税義務の消長に何らの影響をおよぼさないと解するのが相当である。
そして、控訴人が昭和三三年一〇月二四日国鉄札幌駅で国鉄との間に旅客運送契約を締結し、旅客運賃とともに当時の二等普通急行料金七〇〇円を支払つたことはさきに認定したとおりであり、当時の二等普通急行料金が通行税課税の対象であつたことおよび二等普通急行料金七〇〇円に対する税額が一四〇円であつたことはいずれも法律上明らかであるから控訴人は通行税一四〇円の納税義務があるものであり、国鉄はこれを控訴人から徴収して被控訴人に納付する義務があり、被控訴人はこれを受領する権利がある。もつともさきに説示したように、国鉄は営業規則上旅客運送契約が適法に解除された場合には、一旦徴収した通行税額の全部もしくは一部を運賃または料金とともに旅客に返還することを要し、その限度で旅客は納税義務を免れ、また国鉄もこれを徴収して納付する義務を負担しないことになるが、本件の場合、控訴人が本件普通急行乗車券の通用期間内に国鉄に対して旅客運送契約解除の意思表示をせず右期間を徒過したことは控訴人の自認するところであるから、控訴人は右期間の経過とともに国鉄に対する旅客運送契約上の権利を喪失し、また営業規則上の契約解除権をも失つたため、結局通行税額の返還請求権を取得するに至らなかつたことが明白である。そして、旅客が旅客運送契約上の権利を行使して現実に運送による場所的移動を得たかどうかは、その通行税納税義務の消長に影響を及ぼさないことはさきに説示したとおりであるから、結局被控訴人は、国鉄が控訴人から徴収して納付した通行税額一四〇円を利得するについて法律上の原因を有するというべきである。
四、したがつて、控訴人の本訴請求は理由がなくこれを棄却するべきものであるから、これと同旨の原判決は相当であり、本件控訴は理由がない。
よつて、民事訴訟法三八四条により本件控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担について同法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 安藤覚 森川憲明 魚住庸夫)
別紙(一)
一、(一) 日本国有鉄道(以下単に「国鉄」という。)の普通乗車券を購入することによつて通行税を支払つたもの(以下「旅客」という。)に対し通行税を返還すべきであると考えられるのは、要するに旅客が当該乗車券による旅行の全部または一部をしなかつた場合であるがその典型的なものは左のとおりである。
(1) 旅行開始前に乗車券が不要となる等旅客が旅客側の事情でこれを使用しなかつた場合。運賃払戻に関する取扱上更に次の二つにわかれる。
(イ) その乗車券の券片が入鋏前でかつ通用期間内であるとき。
(ロ) その他の場合。
(2) 旅客が普通乗車券を使用して旅行を開始した後、旅客側の事情で旅行を中止した場合。運賃払戻に関する取扱上更に次の二つにわかれる。
(イ) その乗車券が発売の日から二日以内で、かつ、乗車船をしない区間が三〇〇キロメートルをこえるとき。
(ロ) その他の場合。
(3) 旅客が乗車券の券面に表示された発着区間内の途中駅から任意に旅行を開始し、または同区間内の途中駅で下車した後に前途の駅から任意に乗車船した場合。
(4) 事故の発生前に購求した乗車券を所持する旅客が列車等が運行不能となる等国鉄側の事情で旅行を中止せざるをえなくなつた場合。取扱上更に次の二つにわかれる。
(イ) 旅行開始前の場合。
(ロ) 旅行開始後の場合。
(二)(一)の各場合における通行税の現実の取扱は左のとおりとなつている。
(1)(イ)(一)(1)(イ)の場合には旅客は国鉄との間の旅客運送契約の約款である「旅客及び荷物営業規則(昭和三三年九月二四日国鉄公示第三二五号により、その後幾度かの改正を経て現在にいたつている。以下単に「規則」という。)」第二七一条にもとずき乗車券一枚について金二〇円(本件の返還請求当時は金一〇円。以下同じ。)の手数料を支払うことによつて既に支払つた「旅客運賃」の払戻を請求することができることとなつている。ところで、規則第六六条によれば鉄道の一等(本件乗車券の発売当時は二等。)の旅客運賃には―通行税の免除される場合を除き―通行税をふくむものとされているから右の場合は旅客運賃の払戻によつて通行税の返還もまた完了することとなる。
(ロ)(一)(1)(ロ)の場合のうちには更に(a)乗車券の券片が入鋏前であるが、通用期間経過後であるとき、(b)乗車券の券片が入鋏後であるが、通用期間内であるときおよび(c)乗車券の券片が入鋏後であつてかつ通用期間経過後であるときの三つの場合が考えられる。しかして、規則第二七一条の解釈上これらのいずれの場合にも旅客は国鉄に対し旅客運賃の払戻を請求することができないものとされているので、旅客の請求があつても旅客運賃の払戻はされず従つて通行税の返還もなされていないのが現状である。
(2)(イ)(一)(2)(イ)の場合には旅客は規則第二七四条にもとずき乗車券一枚について金二〇円の手数料を支払うことによつて既に支払つた旅客運賃から既に乗車船した区間の普通旅客運賃を差引いた残額の払戻を請求することができることとなつている。従つて、この場合には該残額の払戻によつて乗車船をしない区間に対する通行税の返還もまた完了することとなる。
(ロ)(一)(2)(ロ)の場合のうちには、更に(a)乗車券が発売の日から二日以内であるが、乗車船をしない区間が三〇〇キロメートル以下であるとき、(b)乗車券が発売の日から三日以上を経過しているが、乗車船をしない区間が三〇〇キロメートルをこえるときおよび(c)乗車券が発売した日から三日以上を経過し、かつ乗車船をしない区間が三〇〇キロメートル以下であるときの三つの場合が考えられる。しかして、規則第二七四条の解釈上、これらのいずれの場合にも旅客は国鉄に対し既に支払つた旅客運賃から既に乗車船した区間の普通旅客運賃を差引いた残額の払戻を請求することができないものとされているので、旅客の請求があつても該残額の払戻はされず、従つて、乗車船をしない区間に対する通行税の返還もなされていないのが現状である。
(3)(一)(3)の場合には規則第二七六条によつて旅客は国鉄に対し不乗区間の旅客運賃の払戻を請求することができないものとされているので、旅客の請求があつても旅客運賃の払戻はされず、従つて、不乗区間に対する通行税の返還もなされていないのが現状である。
(4)(イ)(一)(4)(イ)の場合は更に(a)旅客の所持する乗車券が通用期間内である場合と(b)それが通用期間経過後である場合とにわかれる。しかして(a)の場合には旅客は規則第二八二条第二項にもとずき無料で既に支払つた旅客運賃の払戻を請求することができることとなつているから、この場合にはその払戻によつて通行税の返還もまた完了することとなるが、(b)の場合には規則同項の解釈上旅客は国鉄に旅客運賃の払戻を請求することができないものとされているので、旅客の請求があつても旅客運賃の払戻はされず、従つて通行税の返還もなされていないのが現状である。
(ロ)(一)(4)(ロ)の場合には旅客はその選択に従い、(a)規則第二八二条の二にもとずいて無料で既に支払つた旅客運賃から既に乗車船した区間に対する旅客運賃を差引いた残額の払戻を請求することができるし、また(b)規則第二八四条にもとづいて無料で乗車券の券片に表示された発駅までの無賃送譲と支払つた旅客運賃の全額の払戻とを請求することもできる。
従つて、右(a)の場合には該残額の払戻によつて乗車船をしない区間に対する通行税の返還が完了することになり、また(b)の場合には旅客運賃全額の払戻によつて通行税の全額の返還が完了することとなる。
二、しかして、前項の各場合において旅客が支払つた通行税の全部または一部が旅客に返還せられるべきであることは、通行税法の課税物件を交通機関による場所的移動と解する控訴人の見解の当然の帰結であつて毫も疑う余地はない。現に、同項(一)(1)(イ)、(一)(2)(イ)の各場合および(一)(4)のうちの或場合((二)(4)(イ)(a)および(二)(4)(ロ)の場合)には国鉄は規則によつて現実にその返還をすることとし、以て控訴人の見解に同調する態度を示していることは、控訴人が同項に記載したとおりである(もし、通行税法の課税物件が被控訴人のいうとおり旅客運送契約による運賃または料金の支払の事実であるとすれば、これらの場合には旅客運賃だけを払戻せばそれで十分であつて通行税を返還する必要は全くない。)。にもかかわらず、国鉄が同項の他の場合に以上と全然正反対の取扱に出て、通行税の返還をしていないのはもつぱらその返還のための手続が瑣となることをおそれたからにほかならない。けれどもそれは旅客から旅客運賃および通行税を受領する際に国鉄が通行税の領収証を普通乗車券と別に発行するとか或は一枚の紙片の右側を乗車券、その左側を通行税の領収証とし、両者を容易に切断しうるような仕組にする等通行税の領収方法に多少の工夫をこらせば簡単に解決できる問題である。要するに、そのような事情があるからといつて場合によつて通行税の返還の取扱を二、三することは法律である通行税法を無視するものであつて、ゆるされる道理がない。控訴人が本件で返還を請求している通行税は急行券の購入に伴つて支払つたものであるが、この場合も、規則第二七二条第一項、第二七一条第一項等にかかわらず、普通乗車券に関する前項(一)(1)(ロ)の場合と同一に解して毫も差支がないとおもう。
別紙(二)
一、日本国有鉄道(以下国鉄という。)の普通乗車券を購入することによつて、通行税を支払つたものに対し通行税額を還付すべき場合の現実の取り扱いについては、控訴人主張のとおりであるが、それらの各場合についてみるも、通行税法上の課税物件(納税義務の発生原因たる事実)を交通機関による場所的移動と解することはできない。何となれば、通行税額が還付されるのは、旅客運送契約が解除され通行税法上の課税物件たる運賃、急行料金の支払の事実が消滅することに基づくものであるからである。
二、通行税法上課税物件とされているのは、交通機関による場所的移動ではなく、旅客運送契約におけるその運賃、急行料金の支払いの事実である。このことは、旅客及び荷物営業規則第五七条の規定によつて発売する急行券の急行料金は、これを請求した者が同規則第八六条により通行税を支払わねばならないとすることからみても明らかである。
そして、国鉄との間に成立した旅客運送契約の存続期間は、該乗車券またはそれと同時に利用する急行券の通用期間内だけであつて、同期間内に限り、たとえその者が自己の都合で旅行を中止した場合でも旅客運送契約によつて取得した運送を請求する権利は損われないのであり、また同期間内に限つて、急行券の払戻しを受けることもできるのである。しかし当該通用期間の経過と同時に該旅客運送契約は当然その効力を失い、右契約によつて取得した運送を請求する権利もまた旅行を中止すると否とにかかわらず消滅に帰するのであり、旅客としては、それと同時に急行料金の返還請求権並びに該急行料金にかかる通行税額の返還請求権を喪失するものである。
このことは、旅客及び荷物営業規則第二七一条、第二七四条および第二八二条二項では、旅客の所持する乗車券が通用期間内であることを旅客運賃の払戻しを請求できる要件としており、これは旅客運送契約の存続期間内であれば、該運送契約を任意に解除できることを意味するものであり、旅客運送契約の解除によつて契約締結の際支払つた旅客運賃の払戻しを受けることとなる。急行券についても、同規則第二七二条によりその払戻しが受けられる場合が規制されているが、右乗車券の払戻しと同様当該運送契約の解除によつて通行税法上の課税物件が消滅し通行税額は右課税物件の消滅により還付されることとなるわけである。なお、同規則第二八二条の二および同第二八四条の場合は、天災事変その他やむを得ない事由によつて旅客運送契約の目的を達し得ない場合の該契約解除による旅客運賃の払戻しの規定であつて、(鉄道営業法第一七条参照)、契約締結の際支払つた旅客運賃の払戻しを受けることにより課税物件は消滅し、通行税額は還付されるのであつて、このことは同規則第二七一条等の場合と同じである。
かくして、旅客運送契約を締結するには、料金を支払つて乗車券等を購入しなければならないのであり、契約の解除がなされれば、乗客が契約締結の際支払つた料金は払戻しされ、契約締結がなかつた状態に復するのである。したがつて、旅客運送契約の解除によつて、通行税法上の課税物件たる旅客運送契約における運賃、急行料金の支払いの事実がなくなるので、通行税額は還付されるのであつて、控訴人主張のように、場所的移動がないからとの理由で通行税額が還付されるものではない。
されば、「通行税法の課税物件が旅客運送契約による運賃または料金の支払の事実であるとすれば、これらの場合には旅客運賃だけを払戻せばそれで十分であつて、通行税を返還する必要は全くない。」との控訴人の主張は、理由がない。